巻き舌クリニック - 自分はどうやって巻き舌ができるようになったか

Posted on 2012-01-01(日) in Language Learning

1.巻き舌ができなかった自分

みなさん、「巻き舌」できますか? 実は私はそもそもあの「巻き舌」ができませんでした。家族や友人が、何の苦労もなしに「るるるる…」とやっているのを聞くと、こんなものをわざわざ見せびらかしてどうすんだと心のなかでは思いつつ、同時にどうしようもない屈辱に苛まれてきました。椎名林檎の曲なんか聴けた心境ではないのです。

あえて詳しく説明すると、巻き舌とは音声学的には「有声舌尖歯茎ふるえ音」といって、イタリア語やスペイン語で有名なアノ音です。日本でも、江戸っ子口調や喧嘩した時にも使われます。「巻き舌」を使っている言語は意外に多く、イタリア語、スペイン語をはじめ、ロシア語、ドイツ語やフランス語の一部、ラテン語、エスペラント語にも使われています。そもそも「ロシア」という語の「ロ」からして巻き舌音であるため、巻き舌ができない人はロシア語を勉強するなといわんばかりです。また、スペイン語では、巻き舌の音と、はじき音(日本語のラ行の子音)を音素として区別するらしいのです。つまり巻き舌がちゃんとできないと意味を取り違えられる可能性もあるわけです。できない人には血の凍るような話ではありませんか。

このような言語を勉強する人にとっては、「別に巻き舌ができなくても生きていけるし、カラオケで椎名林檎を歌わなければいいじゃん」という言い訳は通用しないのです。できる人には分からないと思いますが、できないほうは(自分も含めて)必死なのです。

2.巻き舌の練習法

私は、真剣に悩みました。どうしたら巻き舌ができるようになるのか。人に相談すると、「そもそも生まれつき巻き舌ができない人もいるみたい」という答え。つまり、先天的に巻き舌ができない人というのは確実にいて、そのような人はどれだけ練習しても無理という話なのです。舌の長さが他の人と違うナントカ症だとできない、という、一見もっともらしい意見を言っている人もいました。

しかし、それでもあきらめるわけにはいかず、インターネットや本で巻き舌の練習法を調べてみました。すると、やはり同じように巻き舌ができなくて困っている同胞がたくさんいる ことが分かりました。しかも、イタリアやスペインの人、つまり、巻き舌音が母国語にある人は、100%これができるということで、どうやら先天的に決まるものではないらしいのです。しかし、いざ巻き舌の練習法となると、多種多様なものが入り乱れており、ぱっと今思い出せるだけでも、

  • 「さっぽろらーめんとろろいも」と言いつづける。
  • 上をみながら大声で「るるるる…」と言いつづける。
  • daadaadaadaa…から初めて、daadaadaaraa、 daadaaraaraa、 と順番に続け、最後にraaraaraaraaと言う。
  • 思いっきり息を出しながら「る!」と言う。これを舌が震えるまで繰り返す。

などがあり、想像しただけでもアホらしいものばかりです。しかし、さっきも言ったように、できないほうは必死なのです。

ここで、調べていくうちに、ある本に書いてあった一つの巻き舌練習法が私の目にとまりました。黒田龍之介という言語学の先生の「はじめての言語学」(講談社)という本に書いてあった練習法なのですが、それはこのようなものでした。

  • pru, pra, pru, pra, ...
  • tru, tra, tru, tra, ...
  • ara, oro, ara, oro, ...
  • arrrr...

という順で練習する、というものです。(ここの「r」の音は、はじめは日本語のラ行の音で大丈夫です。)

言語学の先生がおっしゃっているということと、なぜか知らないけれど「これで練習すれば大丈夫だ」という絶対的な自信のようなものが文章からみなぎっていることから、この巻き舌練習をつづけることにしました。近所の迷惑にならないように、というよりはむしろ、隣の部屋から変な声がするということで大家さんや警察を呼ばれないよう、頭から布団をかぶり、大声で練習を続けました。何回も言いますが、本人は必死なのです。

3.そしてついに「巻き舌の極み」へ・・・

巻き舌の練習をはじめて、はじめの3ヶ月は特に目立った進歩もなく過ぎました。私の心の中では、やっぱり先天的なものか・・・というあきらめの色がかなり強くなっていました。しかし、その頃のある日、思い切り息を出しながら「トゥル!」と言ってみたとき、一瞬ですが、はじめて舌が震えるのを感じました。

「これだ!!」その感覚を忘れないうちに、その日はほぼ半日間、舌が震える時間が長くなるように練習しました。すると、はじめは一瞬しか震えなかったものが、だんだんと長くなり、ついには 好きなだけ(息の続く限り)長く「るるるる…」と巻き舌でできるようになったのです

つまり、私は巻き舌を「後天的に獲得」したわけです。これで少なくとも、生まれつき巻き舌ができなくても、練習すればできるようになるという可能性があることが分かったのです。なので、できない人も先天的なものとあきらめるのは早いのです。

ただ、巻き舌単体で「るるるる…」とはできるようになったものの、イタリア語のように単語のrの音を自然と巻き舌で発音できるようになるには、さらに練習が必要です。あまり練習を積まないと、そのrの部分だけリキんで、不自然な音になってしまいます。まだまだ先は長いということでした・・・

4.巻き舌練習のまとめ

これまでの話は、あくまで私自身の体験でしかありませんが、一般的に次のことが言えるのではないでしょうか。

  1. 巻き舌ができない人や、それで悩んでいる人がけっこういる。
  2. 巻き舌は、後天的に獲得し得るものである。
  3. 巻き舌の練習の効果が現れるのには数ヶ月ほどの時間がかかることがある。
  4. 巻き舌を子音として自然に発音できるようになるには、さらなる修行が必要である。
  5. 黒田龍之介先生はえらい。

今思えば、黒田先生の練習法も、「これですぐに巻き舌ができるようになる」というもので決してはなく、最初は何の効果もないように見えるのですが、その効果は私の中に着実に蓄積していってたんだと思います。そのおかげで、あるとき突然、その練習が実って巻き舌ができるようになったというのが本当のところではないでしょうか。

5.言語変わればR変わる - 巻き舌なんてまだ甘い

ちなみに、"R"の音ほど、言語によって差がある音はないと思います。英語のRとLの発音で悩んでいるようではまだまだ甘いです。世の中は広い。

私にとって第一のカルチャーショックは、フランス語の"R"の音でした。この音は巻き舌ではなく、のどの奥で摩擦を起こし、うがいをするときのような感じで「ハ」のような音を出します。ドイツ語の"ch"の発音と似ていますが、フランス語の"R"はもう少しのどの奥を摩擦させます("ch"は"k"で破裂させる部分を摩擦させる)。

この音は、はじめ聞いたときはなんておかしな音なんだと思いましたが、実際に自分で発音してみると、これがまた爽快なのです。フランス語の醍醐味はこのRの音にあるといっても過言ではないでしょう (ちなみに、ある芳香剤のCMで、部屋の中に座った日本人の女の人2人がフランス語で会話するものがありますが、このCMではRの音が過度に誇張されていて、フランス語を知っていると笑えます。確か"Vous achetez des fleurs?(花を買ったの?)" "Non, c'est le parfum(いいえ、芳香剤なの)"のような内容だったかと。)

第二のカルチャーショックは、中国語の"R"です。これは、ある意味「巻き舌」かもしれませんが、舌を思いっきり反らして、舌のほぼ裏側と上あごを摩擦させて英語の"r"と"sh"の中間のような音を出します。下手すれば"sh"や"g"に間違うような音で、中国四千年の歴史を感じさせてくれます。ベトナム語の一部の方言も、中国語の影響を受けているせいか、"r"は変な音だった気がします。

これからも、他の言語で、どんなRの音に出会うかと思うと楽しみです。